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パソコンが危篤です。

rとyとvとgとfとhとBackSpaceキーが使えません。
ちなみに上のアルファベットはカナ入力とコピペで、
漢字とかはIMEの手書きで出してます。

更に、時々ポインタが消滅するので強制終了を余儀なくされます。

さっき再起動したら難しそうな(でも実際は多分難易度低めの)英文が画面を埋めました。

後日携帯から更新するので、今日はここまでで勘弁して下さい……。
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2006.07.26 / かめ /
どうも、こんにちは。
まさです。

ずいぶん前にやった
初恋A-partですが、
自分が思っていた以上に反響があるようなのでB-partを
はじめなくてはいけないようです。


それでは、初恋話の続きです。

幼稚園から小学校低学年くらいまでは喧嘩ばっかり。
女の子もいじめてたりした私ですが(近所には意外と同学年の女の子が多く住んでいた)、低学年のとき気になる子がいました。


まーちょっと意識している程度で、初恋かどうかは、はっきりとは
言えませんが、ま~それが自分の初恋ってことになってます。

で、クラスの友達(というか喧嘩仲間。クラスのガキ大将だったと思う。仮にU君としておこう。)
に好きな人と、結婚したい人を聞かれ、絶対に人には言わない約束で、U君に正直にその子の名前を教えてあげた。
好きな人と結婚したい人を別々にあげるってのがそもそも良くわからないが、結婚したい人の方はもう一人適当に選んで教えてやった。。。

しかし、それからいくらもたたないうちに、Uはクラスのみんながいる前で大声でそれをばらしやがったのだ!!
よく考えればその某う○氏のような性格の彼がそんな約束を守るわけがなかったのだ。。。


迂闊だった・・・・・・


僕は次の瞬間ヤツに飛び掛った!!
その後どうなったかはよく覚えていないが、
Uが「約束は破るためにあるんだ!!」などと、
某○ず氏のような台詞を吐いていたような気がする・・・・・


しかし。。。しばらくて、彼の口から意外な一言を聞いた。(と思う。あんまり覚えてないが・・・)

「俺もじつは・・・その子のことが・・・」


好きだったらしい。
なんじゃそりゃーーー!!って感じだったが、
まぁ、それからしばらくはUとは変な友情で繋がったような気がする・・


さて、そんなあるとき、僕ら二人は、気になってる彼女の家にいった。
何でかはよく覚えていない。
とにかく、二人でその子の家の玄関まで来て会って話をしたのだ。

何を話したかはよく覚えていない。。

告白とかはしてない気がするが、
まぁ、したとしても二人とも玉砕していたことだろう。







それ以降、その子とは話らしい話をした記憶はあまりない。
U君ともクラスが別になってからはほとんど話すこともなくなっていた・・・


自分はというと、崖から落ちて顔をぶつけ、顔が傷だらけになってからというもの、ちょっとずつ喧嘩をしなくなった。。。ような気がする。


そんな少年時代・・・


B-part END
2006.07.17 / マサ /
ああ、眠い。
毎日眠い。
睡眠時間が足りない。
でもよう。
そんなオイラが、どーーしても時間を費やして行なわなくてはならない儀式があるのだよ。

そいつは何なんだい?

いや、たんに映画を観るってことなんだけどね。

なんだか知らんが映画が好きである。
別にマニアックと呼ばれるほどの知識も情熱も持ち合わせていない。(飽きっぽいから)
でも、ついつい観てしまう。
音楽に精通しているという人は、よく”ジャケ買い”なる行動を起こすと聞く。
実はボクも”ジャケ買い”ならぬ”タイトル借り”をする。
フラフラ~とレンタル屋さんへ入り、ブラブラ~と映画のタイトルを見て、「おや!?」と思ったり「うぬ!?」と感じた作品を手にとってしまうのである。
そして、そういった作品は非常に楽しめるのである。

「タイトルを楽しもう」
サヨナラおじさん淀川さんも仰っていた。

他にも「映画はすべて学びの扉」という。
映画を見れば、小説や絵画や音楽や語学にも興味を持つ。
映画ほど得なものはないでしょう。

今、「ドーベルマンギャング」と「ジョニーは戦場へ行った」という映画を探しています。
地元のツ●ヤは、置いてある映画の種類がショボイので嫌いです。
(話題作ばかり大量に置いてある。まあ、商業的には当たり前だろうけど。)
もちろん上記の二作品は置いて無いです。

早く観たいなあ。



2006.07.17 / タナ /
3 大学時代

結局つぎに会うことができたのは、大学2年の冬のことでした。確か、2002年の大晦日だったと思います。つまり、ほぼ3年間会っていなかったわけです。
そして、この時はじめてデート的なことをします。銀座の近くのホテルに泊まっているということだったので、銀座で待ち合わせをして、そこから銀座線で渋谷へ行き、bunkamuraでやっていたメトロポリタン美術館展を見に行きました。その後、ご飯を食べ、銀座に戻ってITO-YAをまわって終わりという感じでした。

この次に会ったのが、さらに約2年後の大学4年の冬、2005年1月8日。ご存知MAP最初の展示会の初日の最初のお客さんです。そしてこの時は、Nさんが午後からバイトだったということもあって、1月24日に再び会って、今度は六本木ヒルズの森美術館でやっていたアーキラボという展示会を見に行きました。


4 大学院時代ー現在

そして、最後に会ったのが、去年の年末、2005年12月21日です。前から学校を見てみたいといっていたので、人生3度目のデートは津田沼ですることになりました。学校をちょっとまわったあと、ご飯を食べ、イオンにいって、25日にやることになっていたMAPクリスマス企画プレゼント交換用の何かを一緒に探しました。

と、まあ、そんなこんなで現在に至ります。デートも3回目にしてようやくすこし慣れてきたかなという感じです。そして、今後の予定は全く未定です。

おわり


あとがき

とりあえず、あらすじだけをざっと書いてみたわけですが、これを書くにあたって昔の手紙やらメールやらを見て、その懐かしさになんだかんだで長い付き合いだなあということを改めて実感してしまいました。
もう一人の当事者M.N.さん。見てる?見てないかな。
とにかく、こんな気の長い付き合いに付き合ってくれていることをとてもありがたく思っている次第です。

加藤雄大
2006.07.16 / かと /
さて、ちょっとあいだがあきましたが、加藤雄大です、続きです。


2 高校時代

私の通ってた中学では、卒業式で各部の元部長が後輩から送辞をもらうプログラムになっていて、件のNさんに送られて、高校生になりました。

で、どんなきっかけだったか詳しいいきさつは忘れましたが、前にNさんにあげたカレンダーの続きをあげることになり、Nさんとの付き合いはまだまだ続いていくことになりました。このとき、妹がこのNさんと同級生だったので、妹経由でそういう話しが入ってきたのかもしれません。その後しばらく妹経由で手紙をやりとりするようになりました。最初にあげたのが7月のカレンダーで、そのお礼の手紙で8月も欲しいといわれ、8月のカレンダーもつくってあげて──とまあそんな調子で月一に手紙のやりとりをするようになったのですが、そんな時間も長くは続かず、翌年の1999年3月7日の手紙で「なんと、オーストラリアのメルボルンにひっこすことになった」と告げられます。

こうして、手紙のやりとりはひとまずここでおわりますが、時は20世紀の終わり、テクノロジーの進歩の恩恵により、電子メールのやりとりへと移っていきました。Nさんがまだ日本にいた頃でも手紙のやりとりが中心で、ほとんど会うことはなかったので、オーストラリアに引っ越して、メールのやりとりをするようになっても、状況に大きな変化はなかったような気がします。
とにかくそんな感じで、20世紀の終わりにあって、昭和どころか大正時代のような文通メインの付き合いとなったわけですが、年末年始(むこうではクリスマス休暇と言う)にはNさんも日本に帰ってきます。Nさんがオーストラリアに越してから、最初に会ったのは1999年12月25日のクリスマス(イヴではなく)でした、この時は家へきてもらって、ケーキを食べたり、プレゼントもらったり、まあ、だいたいそんな感じでした。
しかしその後2年連続で会えない年が続いてしまいます。

つづく



関係ないが、これ面白い!→http://www.last.fm/(The Social Music Revolution)
そういえば、
http://www.etsy.com/(Your place to buy and sell all things handmade)も面白いが、これに参加するだけのバイタリティはちょっとないかな。もし誰か興味があれば参加してみてはいかがでしょう?
2006.07.12 / かと /
お疲れ様です。
どっかでも同じ話しましたが、マップでも書き込んでおきます。

梅雨入りしても、晴れるときはあります。
この間は午後くらいから雨がやんだので日課のサイクリングをしました。


うちの近くには隅田川と荒川あり、荒川沿いには土手が広がっています。
そこには野球やサッカーのグラウンドが所狭しと並んでおり、休日は少年たちがそこで練習を行っています。

今日はその土手でぼぉぉっと野球観戦をした後、自転車で帰宅する野球少年達を、颯爽と追い抜きながら帰宅しました。

気持ちよかったです。

ボクハバカデス

でも、汗をかくのはいいことですよ。

何しろ汗かいた後のビールがうまいんだ!!


P.S この間、滞納していた家賃をようやく払いました。
おかげで1か月分の家賃が吹っ飛びましたよ。。。。
大家さん、ごめんなさい。
次からは忘れずに月々払います・・・・・・
2006.07.08 / マサ /
好景気、人材不足と言われていますが、どうやら本当みたいですね

こんにちは、経済にもちょっと興味がある渦波です。

いまさらですが、転職してました。
今回はそんなお話

4月の3日をもって退職しました。つまり3ヶ月前の話です。
前職を辞めるに至った経緯は、とりあえずうやむやにして
あ、じゃなくてMAPの為に辞めたことにしておいてですね、ええ
忙しすぎてMAPの為の時間が取れなかったので辞めたんでした。

もちろん次の職業を決めていたわけもなく、プーになったとです。
ただ何をやっても食いっぱぐれない自身はあったので、3日間遊んでました。

初日、退職を言い渡した日に私の神様F氏と以前から見たかった「マイ・アーキテクト」という映画を見にいきました。
内容は「ルイス・カーン(ルー)」という世界的に有名な建築家の愛人の息子が
世界中にあるルーの設計した建築を見に行き、ルーに関わった建築家や職人、弟子や妻、愛人とその娘に会い
今まで知らなかった父親の姿を探すというドキュメント

とまぁ。かなりマニアックなのですが
他人事とは思えないシーンがあって
ルーの弟子の一人の話にこんなことがありました。
「夜中の3時に呼び出されたんだ『君の仕事は最悪だった』てね」
「指示通りに仕事をしていたつもりなんだけど」

あぁ、ウチのボスは マイ・アーキテクト だったのか
前職であった嫌なこと 経験を思い出しては笑いました。
2006.07.07 / うず /
なんだか、
自分はカトの前に更新したし、
カトの話の間に入るのも嫌なのですが・・・
うずが更新しろしろと、うるさいので、
悪戯もかねて
そんなうずについての記事を書きたいと思います。

うずは今時珍しいくらい自分の殻に閉じこもらない人です。
そんな、彼でも自分の恋愛話はあまりしないようです。
ところが、なんでだか自分には割りと話してくれる気がします。

色々な話を聞きました。
色々な葛藤も聞きました。
色々な失敗も聞きました。






僕にとってはその話は、
映画のようであり、ドラマのようであり、漫画のようです。
それは、恋愛に限らないのですが・・・。
毎回、興味深いです。

そんな彼は、極度の「ちょっと前の自分嫌い」です。
若気の至りを許せないんですね。
逆に自分は「過去の自分は許し、今の自分が好きであり嫌い」な感じです。

そう、二人は相反するのです。
でもまぁ何とかそれなりに仲良くやって、
MAPなんてユニットやってます。

いや、ホント人と人の繋がりって面白いですよね。
たまにはうずの言霊を聞きたいなぁ。
2006.07.06 / あお /
1 中学時代

今から9年前の1997年の春、当時、私が部長をしていたパソコン部にとっての団塊の世代ともいうべき先輩方が卒業し、ほぼ部員のいなくなったこの部に(一体何を考えたのか)入部してきた1年生が、SくんとNさんです。はじめの方こそ、少しよそよそしさはあったものの、そもそも人数が少ない上に、Sくんの人なつっこい性格もあって、すぐにみんな仲良くなっていき、卒業する頃にはかなり親しくなっていた気がします。そして、徐々にお互いを知るにつれて、私はNさんのもつ独特な雰囲気にだんだんと惹かれるようになっていきました。部活にいき、Nさんに会えるのが毎回楽しみになり、また、実際にNさんと一緒にいることが毎回とても楽しかったと記憶しています。そして、実はこれが初恋だったんじゃないかと思っています。しかし、高校受験を控えていた私は秋には引退だったので、実際に部活にいっていた期間は、そんなに多くなかったように感じます。
受験を終えて、再び部活に顔を出すようになったある日(1998年の3月頃?)、自分でつくったカレンダーを持って行きNさんに見せたところ、同じのが欲しいといわれ、つくって挙げることになりました。それは、その年の3月から6月までの4ヶ月分を1枚におさめた小さいものでした。

ちょっと短い気もするが、つかれたので、
つづく
2006.07.04 / かと /
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