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秋葉原にある交通博物館が移管されるにあたって、今の交通博物館は閉鎖されるらしい。
そんな交通博物館も以前は万世橋駅と言われる駅だった。
東京駅が出来る前は、首都交通のターミナルとして利用されていたそうだ。
交通博物館の歴史はここまで、話すと長くなるので実際に行ってみてください。


そんなこんなで交通博物館に行ってきました。
博物館が閉鎖される前に、期間限定で万世橋駅が公開されている。
自分は別に鉄ちゃん(鉄道オタク)という訳ではないが
昔放映されていたアニメに万世橋駅は某神殿につながっているというネタがあったので
そのネタを拾いに行ってきたという話です。


交通博物館の開館が9:30、その少し前に行けばいいかと思っていいたが、とんでもない
交通博物館の前には、異常な人の列。。さすが終わりとなるとどっさり来るのね...
開館後、中に入って旧万世橋駅の見学ツアーに申し込まなければならず
行列ごと申し込みへ移動
前のほうではなかったが、10:40の回に申し込むことが出来た。


そこで、丁度よい空き時間ができたので一通り交通博物館を回る事に
博物館は今回が初めてという訳ではなく、自分が小学生の時に父と行った事があった。
これだけ時間が経てば、いろいろと新しく変わっていると思ったのだが

全く変わっていない

ボタンを押すと、山の模型が上がって地中の線路が現れる簡単な仕掛けの展示も
ウィ~~ン  ガコンガコン  プシュー といった感じで(ある面電車っぽい)
ちょっぴりアンティークを感じられる博物館でした。
新しく入っていたものは、電車の運転シミュレーター(電車でGoのでっかいやつ)
くらいだったと思われる。


考えてみたら、電車は車のように新しい車種が何台も出てくるわけではない
その分時間の進み方も、他の乗り物とは違うのだろう。


電気の街秋葉原、パソコンや携帯電話やテレビといった電化製品は
一年後には旧モデルになり、異常な速さで進歩していく。
その技術進歩に支配された街の中で、違った時間軸を持ったシンボルがなくなるというのは
時代の流れの一つかもしれないと思いつつ、その流れに埋もれた駅を見てきました。


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2006.02.22 / うず /
もうかれこれ2週間とちょっと前の凹んだ話。
前回告知した展示会の打ち上げの後の2次会の帰り道にリュックを亡くした。


その日の帰り道は有楽町-東京から総武線快速の千葉行きの電車だった。
ちなみに東京で乗り換えた記憶はほとんどない。
あるのは駅の自販機でお茶を買った記憶。
気がつくと知らないホームに電車が止まっている。
僕は寝過ごしていた。
まずいと思って飛び降りた。
保土ヶ谷・・・。
自分の家の千葉方面とは正反対の横浜の隣駅。
時間は24:20くらい。
登り電車は当然ない。
時間を考えると千葉で折り返している。
月曜はこのまま出勤。

でも、そんな失敗よりもなによりも
僕は作品の入ったトートバッグだけ持っていて
リュックサックを持っていなかった・・・。
忘れたのか、、、はたまた盗られたのか。
多分盗られたんだと思う。
なにせ2時間近くも電車で爆睡してるんだから、さぞかし隙だらけだ。
無くしたのは身分証明から通帳、印鑑、デジカメ、CDウォークマン他
なんでもござれのリュックサック。
あせりながらも、
とりあえず眠い目をこすりながら駅員に話す。
その後、誰もいない交番から警察に電話して遺失届けを出した。
眠気と酔いが醒める中での後悔・・・後悔・・・。
幸い駅前に一軒あった漫画喫茶で、、、
電車がきっかけで人生が変わった人の漫画を読み気を紛らわした。

朝、出勤後まず通帳を止めた。
そうして始まった一週間は大変だった。

気が気じゃないんだ。
失恋ソングの「失ってはじめて大事さに気付いた」的な歌詞が胸に沁みる。
失恋の歌じゃなくても、
ふとした、事で自分の持ち物の事を思う。
リュックもデジカメもCDウォークマンも自分の稼いだ給料で買っている。
初に近い給与や初のボーナスで。。。
愛着があったんだと、後から気付かされる。

どうせなら作品の入ったバッグが無くなれば・・・。
そんな後悔の嵐と、身分証明を無くした恐怖。
悪用されていないか、されていたらどう対処するか。
ネットで調べたり親と話したり人に話したりして、
その反応によって一喜一憂していた。
駅にも何回か聞きに行ったし、
自分の軌跡をたどり記憶を辿ったりした。
遺失届けを千葉でも出してみたりした。
でも見つかっていない。



そんな日々も過ぎ去り、
今ではだいぶ立ち直ってきた。
身分証明や通帳は再交付したし、
こうしてブログにこの事を書けるようになったし、
次にどのデジカメやリュックを買おうかお店まわったりしている。
なかなか気に入ったのが見つからないので、
むしろ無くした物と同じ物が欲しいとも思うのだが、
既に生産が終了しているっぽいのでそれは難しいみたいだ。

無くしたのは残念だし悔やんでも悔やみきれないが、
あいつら(リュックとその中身)との思い出まで無くした訳じゃない。
そう思うことにした。
あいつらの為にも悪用されていない事を祈りつつ、
この記事を終えよう・・・。

追伸、
春の足音が聞こえてきましたが、皆さん元気ですか?
落ち込むこともあるけれど、僕はなんとか元気です。
2006.02.22 / あお /
ここがちょっと面白いかもとか思ってる加藤です。

さて、たいしてネタがないので、吉田篤弘という人のことを書くことにします。

メディアで取り上げられてるとこをほとんど見たことないし、置いてない本屋も多かったりしますが、最近もっとも注目している小説家の一人です。

いろんな視点から書かれた話の断片をつなぎ合わせて1つの世界を形作っていく連作短編の形になっているのですが、1つ1つの話が、必ずしもうまくつながらず、順番もバラバラで、どこかつながりがあるようで、どこにも上手くはまらないピースが混ざっていたりする、そんな本をつくっています。

だから、物語は、結局1つにはまとまらず、様々な空白を残したまま終わってしまうのですが、そうすることによって、とても広がりのある世界観をつくっていて、その世界観が、何とも心地いい。

これまたもっとも好きな小説家の一人である北野勇作氏もこういう作品のつくり方をしているし、自分の作品のつくり方にも通じるところがあったりします。

そして、作品の構成も面白い上、1つ1つの短編としても、とても丁寧につくっていて、広がりある世界に、十分な厚みを持たせいます。
全体として何か大きな主張があるようなものではないのですが、細かなディティールに作者の主義主張、趣味嗜好がそれとなくこめられて、それが作者独特の、居心地良く魅力的な世界観をつくっています。

この世界観をもっと味わいたく、新刊が出るたびに買ってしまう加藤雄大でした。

p.s.この人の吉田音名義の本もいい!
2006.02.20 / かと /
 前回の展示会、TERMINALから1ヶ月経ちました。
 暦の上ではもう春ですが、日が落ちてしまうとまだまだ寒さが身に染みますね。
 こんばんは、亀崎です。

(注!:今回のblogでは、私の作品に対する思いについて触れています。
「そういうの聞きたくない」という主義の方は読まないで下さい。)



 TERMINALに出展した私の作品は、私にとって12枚目の夜の絵でした。
 計算してみると、なんと作品数全体の5分の3が夜の絵。
 昼間の風景を描いたものは2枚だけという有様。
 いやはや。

20060212232103.jpg

出展した『神様の手紙』。クリックで拡大します。

 ずっと私の作品を見てきた人には「また暗いの?」と苦笑交じりに言われます。
 私自身、いい加減明るい世界も描いてみようと思うのに、
思い浮かぶ風景はどうにも暗い色調なのです。
 と言っても、私にとっては『暗い絵』ではないのですが。
 客観的に見ると、暗い印象が強く残るのでしょうね。

20060212232620.jpg


 では私は何が描きたいのかと考えると、
突き詰めれば『暗がりにあってひかるもの』、という気がします。
 暗がりというのは夜闇だけじゃなく、心象に降りるそれも含めて。

 ずっと、自分の描きたいものは、
『自分の中にある風景』であり、『自分の見たい風景』なのであって、
そこに意味なんてない、と思っていたのですが、
根底にあるのはどうやらアレのようです。アレ。
 ようやく出かかった答えはできればあまり認めたくないものでした。
 以前の私なら。
 最近少し認めつつあるので、『神様の手紙』にはその影響が現れていると思います。
 アンケートで『先輩の明るい絵、初めて見ました!』と言われる位には。
「あれで明るい方かよ!」という声が聞こえそうですな。)
(だってあんな↑だもんネ!) 

 言葉にすると途端に意味が限定されて、陳腐になってしまうので、
アレと表記するに留めますね。
 やはりそういうことは作品から感じとってもらえるのが、一番の理想ですし……。

 胸にある風景をできるだけ忠実に再現できるよう、
今後もっと腕を磨いていきたいと思います。
うす。
 
 
 
 
 
2006.02.13 / かめ /
あれ?
もしや次はボクの番??

最近のボクが何をしているかというと、…何もしてません。
困ったなあ。

あー。そういえば。
最近、携帯電話の電池があっちゅーまに無くなってしまって不便極まりない。
ちょっと長めのメールを1件程打てば、残量は真っ赤っか。
会話なんてしようものなら途中で電池切れの警報がビービー泣き喚く始末。
そんなある日、●庫藻ショップに持っていけば無料で電池を交換してくれるという情報をゲッツ(←古い)した筆者は、喜び勇んで●孤喪ショップへ。
おりゃ!お宅の携帯、もう電池もたないよ。変えてくれ。エヘン。
などと、横柄な態度は取っていませんが、取っても良かったかなと思わせる回答。
申し訳ありませんが、購入してから二年経たないと交換できません。
あーん?なんだってー?
わしの携帯は、齢一年半。今変えたければ金払えということか。
んんんんん
すぐに電池無くなって使えないったらありゃしないのだよ。
これは一種の故障だろう。
故障のときはすぐに対処するくせになんなんだよー。
オレのだけ、もしかしたら他の携帯より早く電池が無くなってしまうという「故障」かもしれないじゃないかー。
わーわー

上記の一連の暴言もどきは心の中にしまい込み、怒●喪ショップを後にする筆者であった。(あああ。どうでもいい話だ。)
2006.02.06 / タナ /
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