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こんにちは
加藤雄大です。

MAP 10th exhibitionの序章
個展企画の第3弾は、私、加藤が担当となります。

タイトル
A VAGUE RECOLLECTION ABOUT KATO YUTA
加藤雄大に関する曖昧な記憶

日時
2012.9.15-17 ( 土日祝 ) 11:00-19:00

場所
150-0002 東京都渋谷区渋谷 1-17-1 TOC第2ビル6F
CREATOR'S DISTRICT 608
http://goo.gl/maps/i4pI

まだまだ詳細は未定ですが、
何か面白い事ができればと考えています。

どうぞお越し下さい。
120915-17_MAP10_KATO.gif
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こんばんは、
加藤雄大です。

今日はあいにくの天気ですが、
昨日は天気がよかったので、
ふらっと、 東京都現代美術館 に行ってきました。

この美術館は、交通の便の悪い、
へんぴなところにあるのですが、

何も無い住宅街の中にぽつんとある感じが、
結構好きだったりもします。

広々とした展示スペースや、
さまざまなアートの「今」を伝える展示内容も、
この美術館の魅力です。

現在開催中なのが、ブラジルの現代アートを紹介する、
「ネオ・トロピカリア」 という展示会。

絵画、写真、立体、映像、建築にファションと、
ジャンルにとらわれない構成は、
この美術館ならではと言った感じ。

体験型の作品も多かったので、
一人で来るもんじゃなかったかなとも思いましたが、

ブラジルの明るい雰囲気が伝わる、楽しい展示会でした。



ところで、
最近 tumblr を始めました。
http://yyyyyy.tumblr.com/

(tumblr というのはブログをさらに簡単にしたもの
と思ってもらったらいいと思います。http://www.tumblr.com/

iPod touch で描いた落書きが
だいぶたまってきたので、
よく描けたものも、そうでないものも、
ここへどんどん貼っていこうと思っています。

現在、30枚ほど貼ってありますが、
ストックがまだまだあるので、
まだまだ増える予定です。
2008.11.24 / かと /
次回の展示会まで、残り3ヶ月とちょっととなりました。
会場もタイトルも決まり、
現在は、どんな展示会にしていこうかを話し合っている段階です。
展示する作品についても、どんな作品にしていこうかとあれこれ考え中です。

何をそんなに考えているのかと言うと、「コンセプト」を考えているのです。

「コンセプト」という言葉は、アートやデザインなどでよく使われる言葉ですが、その意味をつかみかねている人も多い言葉です。
元々は、哲学の言葉なので、よけいにわかりにくくなってるように思います。

そこで今回は、この「コンセプト」というものについて、なるべく簡単にざっくりと説明していきたいと思います。
2008.07.27 / かと /
何となく思い立ってムンクを見てきた。
http://www.nmwa.go.jp/jp/exhibition/index.html

そろそろ、次のMAPの作品の構想を練らねばならぬ時期なので、取っ掛かりとして刺激が得られればと思ったのだが、予想以上に良い刺激が得られたような気がする。

ムンクは基本的に絵を単品ではなくて、複数の作品を、その配置や額装なんかも含めて一つの作品と捉えてたらしく、その辺をあれこれ構想したスケッチが特に興味深かった。

ムンクについてあまり詳しいことは知らないが、多分この人は、ものごとを、表層ではなく、その内部構造みたいなものを、多面的に、3次元、あるいは時間軸も含めて4次元的に描こうとしたんじゃないかと思う。で、その結果、飾り方まで含めた、今で言うところのインスタレーション的な表現に行き着いた、と。

自分も今までそれに近いようなことは何となくやってたわけだが、今回ムンクの取り組んできたことを目にして、ようやくその意味を明確にとらえられたような気がする。


あと、何となく思ったのは、ムンクはマンガかアニメを作ったらかなり面白いモノができたんじゃないかということ。

おわり
2007.12.24 / かと /
どうも今週は自分の番のような気がするので、何か書きます。

先週、東浩紀の「ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2」という本を買いました。
で、まだ半分くらいしか読んでないのですが、現段階で分かったことについて、ちょっとまとめてみようかと思います。

この本はライトノベルと呼ばれる小説が、一体どんなものなのかということを、著者なりにいろいろまとめた本で、前半では、ライトノベルの定義やその特徴からはじまって、登場した社会的背景だとか、歴史的な必然性だとかを語っています。

で、それを簡単にまとめると──要は、高度経済成長以降、人々が、マンガやアニメやゲームなんかに触れる時間が増えていき、マンガやアニメやゲームに触れた経験を共有することを前提とした小説として出てきたのがライトノベルということだと理解しました。

この本では、ライトノベルとその周辺についてしか語っていませんが、この歴史的な流れは、もっと一般化できる話しだと感じました。

文明が発達し暮らしにゆとりが生まれるとともに、情報技術が発展することによって、人々は、自分の村のことと、少しの神話や民話しか知らなかったような状況から、世界中の出来事、文学、音楽、映画、ドラマ、アニメ、ゲーム、マンガなどなどありとあらゆる情報にアクセスでき、かつそれらを存分に楽しむことができるようになった。この流れは、今後もさらに進んでいくものと思われます。
すると、人々は自身の生活とは直接関係ない小説や映画など、ある種のバーチャルな世界に多くの時間、身を投じることとなります。

このような社会の変化を背景とし、小説だけでなく、様々なジャンルの芸術作品すべてが、現実世界だけでなく、バーチャルな世界での経験の共有を前提とした表現となっていくものと考えられます。

例えば海外では、ゲームの世界を題材にした絵画や小説の出現がニュースで取り上げられています。(その翻訳記事(1)(2)
(そこからの引用)「『Half-Life』の世界で何十時間も歩き、戦い、さらに数千時間をほかのゲームに費やした結果、ゲームの世界が現実と同じくらい「リアル」になった。その世界を描かない理由などあるだろうか?」
この記事からも、今の世の中がどのような方向に向かっているのかが、理解できるのではないでしょうか。

とにかく、現代の我々の持つ「世界認識」というか「リアル」が、いま、ものすごく大きく変化しているようなそんな漠然としたイメージを感じている今日この頃なのでした。

おわり
2007.10.13 / かと /
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